デジタル時代における剣道世界

私の息子は現在中学生、小学生の時は共に同じ道場に通い先生の元学んできた仲で今は部活と道場で剣道に励んでいます。


先日、私の昇段の機会でたまたま同じ日同じ場所で彼もまた初段を受審し事なきを得たのですが、1学年上の先輩達は全滅したようです。彼ら彼女らは中学生から始めたそうでした。


特に今年はコロナ禍によって稽古時間も練習試合もない中大変厳しい状況であった事は想像できるし、実際そうだと思う。それに、別に段位は逃げるわけでもないし、その分懸命に稽古に励めばそれはそれで本人達にとっても大きな糧にはなると思います。


ただ息子に聞くに今回?は、相手があまりにも悪すぎたようでした。
別にイレギュラーな事をされた訳ではないものの、ただ所謂「ボコボコ」にされたと、、、
相当な手練のようだったようで、練習台よろしくあらゆる技を披露されてしまって見ていて胸が痛くなるほどだったと、聞いてるこちらもその子の心象を思い辛くなってしまいました。



息子たちの初段審査の模様は実際は見られなかったけれど、二段以上は私も会場で見ました。二段ですら審査は全体的に凄まじかった。三段はさらに言うまでもない程でしたね。


多分試合ではなく審査だったからこそ、傾向としてガチャガチャするような様子が少なく、それが余計に彼らの洗練された技や姿勢を際立たせていたのでしょう、子供というよりはまさに剣士の佇まいでした。


中学生でこれか、、、高校生すげーわ、、、
とにかく自分の審査そっちのけでしばらく呆然と見てました。
想像以上にレベルが高く、中学生から始めたんだなと思える子が逆に悪目立ちしてしまうほどで、一体うちの市はどうなっているのかと恐ろしくなりました。


ただ、この状況は私の単なる偏見でもないようで、たまたま取り寄せた剣道雑誌にも同様の事が書かれていました。
そこには神奈川県警の高鍋先生のインタビューが掲載されており、ある地方の小学生たちの大会にゲストで招かれたエピソードの一節にありました。


要約すると、今の子供達はデジタルツールから一流の剣道を知ることができる、だから低学年の子達ですらびっくりするほど技が洗練されていて大人びている。仮に彼らと同じ年の頃の自分が戦っても、全く勝てる気がしないだろうと。


ああ、やっぱりそうかと。とにかく大人びた印象があったのはそういうことかと。
勿論道場環境なども関係するでしょうが、その話を読んですんなり納得もできました。


それはそうでしょうね、、、私ですらほぼ毎日見てます、youtube。
限られた稽古機会、限られた体力。そうした中で更に上達を目指すのなら、その解は見取り稽古の中にあるとも言えますから。


どんなに詳細に克明に描かれていようと文章となると、そこから現実を想像するための変換能力が必要にはなるけれど、映像は見てわかってしまう。
もちろんそこにも理屈という思考の背骨があってこそなのだけど、上達することに飢えているモチベーションの高い人には直感的に理解出来る、いや理解しやすいのかもしれません。
知識と実地が柔軟な心身に高度に合わさるのですから、そりゃ無敵モードでしょう。


これは、何も剣道界に限ったことではなく様々な領域で今起きていることなんでしょうね。
最近話題になった将棋の世界も然り、またスポーツ全般も然り。「デジタルイノベーション」というものの凄みをまさか今更知ることになるとは思いませんでした。


思えば、我々の時代の部活はなんと牧歌的なものだったか。アルプスの少女ハイジの世界、ヤギ飼いのペーターのようなものでした。
それに比べ、今の子供たちが置かれている環境は北斗の拳、まさに世紀末の様相ではないかと。どんな部活やねん、、、


今は格差が広がりやすい環境でもあり、それは弱肉強食という意味なのか、これこそが真の自由なのかわかりませんが、息子の先輩たちには、是非下克上を果たしてほしいと、おじさん草葉の陰から応援しておきます。

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